皆様より寄せらせた 栄光の体験記。役にたつお話・・・
2010年版(1)
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■1 富士吉田口からのトレッキング T.Sさん
富士山(吉田口) 3月30日
3月29日、東京の友人と日がな一日談笑に耽り、夜半に彼と別れて30日は日帰りの計画で予定を立て、富士山に向かう事にしました。
ハ 富士山に登ろうと言う今回の計画は何とも軟弱なものだったけれども、雪の富士山の気分だけは十分に満喫できるはずでした。朝9時に開通する富士スバルラインで新五合目まで車で入り、10時から登りだせば七合目五尺くらいまでは登れるだろうし、富士山の良く締まった雪の感触も楽しめると思っていました。しかし、前日からの降雪で、朝9時の開通時には一合目までしか入れない。これでは新五合目はおろか四合目まだも行けないかもしれない。あっという間に計画は壊れてしまった。
9時半ばを過ぎても決められない計画に、今日は富士山麓のトレッキングにしようと思い切って、中の茶屋へ車を転進する事にきめ、富士吉田口を下から歩いてみようと思った。馬返しの手前で、倒木に道を塞がれていたのでその手前で車を止める。10時頃から歩きはじめた。馬返し(富士山ホテル跡地)・一合目(鈴原天照大神社)・二合目(富士御室浅間神社)・三合目(宿泊小屋)手前の広場が良い休憩場所になった・四合目(石碑のみ・昔は山小屋があったそうだ)・五合目(井上小屋・山小屋)今でも夏場には営業しているんだろうか?もうやって無いかも知れないと思わずにはいられませんでした。
此処までを今日の目標にしていたけれど、何とか五合目の井上小屋までは無事に辿り着けた。天気は最高に良い。雲一つないピーカンとはこの事です。それにしても富士スバルラインの除雪はどこまで進んでいるんだろうか?いまさら新五合目まで開通していても仕方がないが、まだ時間も十分あるので道路まで上がってみようと思った。五合目上には、もう一つ、その昔には山小屋だったろうと思える廃屋があった。其処をさらにジグザグに登ると富士スバルラインの東側の延長道路にでることができました。富士山の上部が目の当たりにできる。最高の瞬間です。佐藤小屋に着いたのが1時20分。六合目小屋の星観荘には1時30分過ぎに着いた。午後2時には打ち切る予定にしていたので良い時間になってきた。山頂を見上げれば山肌の雪が光り輝いている。雪煙も棚引いている。六合目を少し登ったところで終了。もう少しもう少しと思う気持は残りましたが明るいうちに降りたい事を思えば仕方がない。
それにしても佐藤小屋がどうして五合目なんだろうかと考えた。五合目は井上小屋のあるところの周辺だとして、六合目のわずか下の佐藤小屋までが五合目と言うのもおかしい。富士スバルラインの新五合目に合わせたのかな?昔の記録が塗り変わっていく寂しさを少し感じました。
<行程>
9:50出発 10:00馬返し 10:15一合目・鈴原天照大神社 ?11:10三合目・旧旅館 12:10五合目・井上小屋で昼食(アイゼン装着) 13:20佐藤小屋 13:30六合目・星観荘
14:00六合目上 16:00馬返し下山終了
■2 懲りずに2度目の富士山 4月25日 T.Sさん
4月に入り富士山の2度目のチャレンジに良い天気の日を狙って出かけました。3月に富士山に出かけた時には、六合目・星観荘の上までしか行けず日帰りだからこんなものと未練を残して帰ってきましたが、今回こそはとスバルラインも有効に使い2日間の計画を立てるところから始めたのでしたが、2日間の山中滞在は富士スバルラインとしては利用違反とのことで、またまた富士吉田口の”馬返し”から今度は20キロを超えるザックを担いで、私の山の先輩と2人で出かけることにしたのです。
この時期の富士山の雪はまだまだ固く、アイスバーンにさえなっているとさんざん脅かされて、対策としてアイスボルトにアイスハーケン、ロングバイルにショートバイル・ガチャモノやザイルまで担いで、これなら氷壁だって行っちゃうぞと言わんばかりに(なんてバカなんだ。富士山に氷壁があるわけない。)体力には人一倍自信のない癖に、六合目の指導センターまでザックを担いで第一日目は心身共にノックダウン。それでも、せめて花小屋まで担げたらと後悔頻り。でも河口湖の街の灯りが綺麗でしたね。
2日目は朝7時過ぎから登りだす。12時半には行動終了の予定で、気持ちの良い雪山登りを始める。花小屋までは雪面も疎らでこんな事ならテントを花小屋まで持ってきたら良かったと頭の中をちらり過ぎるが、花小屋からのしっかりとした雪面を楽しみながら、最初の鳥居のあるトモエ館まで着くとそこには外人の2人組のパーティーが出発の準備をしておりました。話しを聞けばメキシコからきたプロガイドで富士山に登りに来ていたものでした。アイスボルトとザイルを携えて用意周到な準備に、さほど自分の準備も間違ってはいなかったと思いながらも、2つ目の鳥居のある七合目鳥居館に到着する。鳥居は3分の2程埋まっていました。この頃から小屋は屋根下まで埋まっており小屋の判別はつかなくなっていましたが、八合目蓬莱館に先輩を残して、集まっている小屋の一つ一つを越してゆく事だけを目標にして、バイルとアイゼンの爪に僅かにかかる雪面に、おののきながらも3400pの本八合目トモエ館に着いたところで12時38分・時間切れで終了となりました。振り向けば富士山にかかる雲が僕と同じ目線にある。御来光館が目の前に見えている。九合目の鳥居の先には山頂がある。あと1時間で山頂を踏めるという心残りはあったけれど、テントを撤収して午後6時までに”馬返し”の駐車場まで戻ることを考えたらギリギリの時間と考えて、別れた先輩と合流。春富士の山頂をまじかに見て満足をした一日でした。本八合目トモエ館の下のところには水平に10mほどクラックの入っていることが確認できました。
ここで一つの事を考えました。非力な僕のような人間でも確実に山頂を踏むためには、滝沢林道の閉鎖解除となる4月28日を待って佐藤小屋まで荷物を持ち上げれば、陽の明るいうちに下山を確実にできる、と云う事だろうと思いました。まあそれでも今年の富士山は終了です。山頂は来年の楽しみに残しておくことにしました。これは負け惜しみです。
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■3 吉田口(スバルライン5合目から日帰り登山)2009.07.11
親子2人での登山でした。息子小学6年、父48歳。
息子が、どうしても日本一の富士山に登りたいと云うので
決行前の子供との約束・・・雷、強風の時は、登山途中でも中止。駐車場に止められなかった場合数キロ車道を歩くかもしれない。
この条件を納得させ決行しました。
登頂して息子が感動して涙を流しているのを見て親父として感動しました。
しかし、強風の為、お鉢回りは、出来ませんでした。
富士登山と云うのは、親にも子にも苦しく厳しいものだと思います。寒さ、風との戦い。でも一歩、一歩、他の登山者のペースに惑わされずマイペースで登ると必ず成功すると信じます。
下記に登山データを記しますので参考にしてください。
7/11 20:50五合目着23:00駐車場満車04:40発05:15六合目06:14七合目着06:50発07:20東洋館着07:35発八合目太子館0:00着08:15発08:52八合目白雲荘着09:15発10:00本八合目トモエ館着10:15発10:40八合五勺着10:45発11:35九合目着11:45発-息子軽い高山病にかかり立ち止まるが酸素、水分を補給しすぐに復活1230登頂。1320発六合目辺りからガスの中に入って行った。1605五合目着。駐車場に止める事が出来なかった車が約5H下まで止まっていた。
*食事は、小休止の都度随時少量取りながら登って行きました
■4 吉田口(スバルライン5合目から日帰り登山)2009.07.11付加2010.07.18
去年、親子が小学生最後なのでの富士山に登りたいと言い出した。私は徹夜登山しかした事が無かったし、其しか頭になかった。小学生には徹夜登山は無理である。又、山小屋泊はちょっと…。其処で日帰り登山に決定。
2009年7月10日
昨日、我が息子を連れて自宅発。中央道より富士山のシルエットの中に筋の様に点在する山小屋の光が見えた。20:50五合目着(無事駐車場に止める事が出来た)。富士山のシルエットはまだ見えたがガスが目の前を横切る。23:00駐車場が満車となった。朝から雲が見えるが晴れ。04:40五合目発。05:15六合目06:14七合目着06:30発。07:20東洋館着07:35発。八合目太子館08:00着08:15発。08:52八合目白雲荘着0915発。10:00本八合目トモエ館着10:15発。10:40八合五勺着10:45発。11:35九合目着11:45発。息子が軽い高山病にかかり立ち止まるがすぐに復活。12:30登頂。登る途中は強風で歩けなくなる事もしばしば、顔には礫が容赦無く当たる。展望は雲海の中に点在する島の様に高い嶺だけが見える。息子曰く『飛行機に乗ってるみたい』。山頂も案の定強風。歩ける状態ではない。息子は3776m迄登る事を願っていたが、お鉢めぐりは出来ず。風の怖さを知って息子も納得。頂上は寒かった。残雪の脇からは氷柱が見られる程である。(7時間50分)(地図5時間45分)頂上13:20発。六合目辺りからガスの中に入って行った。16:05五合目着(2時間45分)(地図3時間15分)全行程11時間35分16:20帰路に着いた。五合目駐車場に止める事が出来なかった車が約5H下まで止まっていた。
五合目-7時間50分→富士山富士山→2時間45分-五合目山行時間:11時間25分
この山行を通して息子に山(自然)の素晴らしさ、、恐ろしさを教える事が出来た。息子も大満足。
私は逆にこの様な気象条件で登った事は息子にとって良い勉強になったと思う。山は逃げない。自然に勝てる訳がない。次回にチャレンジ!
其の後、息子との富士山登山の素晴らしさを友達夫妻に話したら来年是非、連れてって欲しいとの事。一人を除き富士山は初めて、しかも山歩きも初めてのメンバー。そして本年度下記のパーティーが出来た。
パーティー
中年(昭和35生)男3人女2人
息子(中一)1人で山行実施
山行日記実測データ
2010年7月17日1640五合目着。
2010年7月18日04:00起床。05:30発06:23六合合目。07:45花小屋着。七合目08:20発。10:00八合目太子館着10:20発。八合目白雲荘11:12発。12:27御来光館着12:30発。13:25息子登頂。私は頂上200m手前で休憩中13:35発。私14:00登頂。14:22お鉢巡りへ発。16:00最高峰登頂17:00お鉢巡り終了。17:53頂上発21:50五合目着
五合目-8時間00分→富士山富士山→3時間55分-五合目
山行時間:16時間20分
五合目駐車場が心配だ。スバルラインに入る際、予想通り『五合目駐車場は規制され其の手前迄しか行けない』との説明を受けた。運良く五合目駐車場にたどり着いた。幸運が重なり最終的に二台の車は隣に止める事が出来た。天気は良好。明日皆で、快適に富士山登山に望む条件は整いこの計画の75%は成功した。後は全員登頂下山で100%
早朝頂上目指して出発。焦らず高山病に気を付けて時間を十分に取った。ゆっくり歩きながらも高度を稼ぐ。登攀は先頭 息子、各夫妻、そして私の順。各自のペースに合わせ山歩きを楽しみ(躰に辛い思いをさせ)ながら登った。展望良好。北岳、八ヶ岳は勿論の事、穂高岳、常念岳、槍ケ岳、遠くは立山、劒岳、白馬岳、越後の高山、男体山、筑波山等。山小屋の親父曰く『こんなに見えるのは一シーズンに1?2日』との事。幸運が続く。下界では味わえない楽しみ(立ち止まる楽しみ、座る事の出来る楽しみ、水の美味しさ)を感じ痛む躰に耐えながらやっと白い鳥居を通り過ぎ頂迄あと200m。やっとクライマックス。最後の力を絞り出し頂上へ。各夫妻、息子が待っていた。時間は掛ったが全員で登頂。そしてお鉢巡り。快適な天候に恵まれ剣ヶ峰迄辿り着いた。剣ヶ峰では写真撮影の渋滞。其れから先は案の定、残雪の為通行止。各自アイゼンを持って来たお陰で安全にクリアーしお鉢巡りを満喫。ゆっくりと頂上で至福の時間を思い思いに過した。
その結果、懐中電灯の登場となり辛い下山となったが、然し其の様な時刻にしか現れない影富士を観る事が出来た。垣間見る夜景も素晴らしい。
足腰の痛いを我慢しやっとの思いで五合目駐車場に辿り着いた。
我が息子、2年越しでやっと剣ヶ峰登頂。喜びを噛み締めていた。
計画、事前の情報収集、準備を行えば、天候が善悪とも初心者でも其の気さえあれば快適安全に登る事の出来る山だと思います。
By 真治
7月29日、初めての富士登山は、あいにくの雨の中スタートしました。職場の休みがツアーと重なり、行くしかない!と思い立ったら即行動の私は、嫌がる受験生の中3の息子を連れ、参加しました。残念ながら、悪天候のため、8合目から上には行けませんでしたが、私たち親子にとっては、とてもいい経験になりました。梅雨が明けてからあんなに毎日いい天気で、まさか、当日雨なんてありえんだろーと、自分にとって常に都合のいいことばかり考える私は、出発前の旦那の忠告にも耳を貸さず、雨具もペラペラのビニールの安物を購入、飲み物だけはありえないぐらいもって、完全に暑い登山と決めつけて、なめてかかってました。一回の登山で、しかも使うか分からないものに、お金をかけれなかったのです。バカですね。まさかあんな雨に打たれるとは。そしてあんなに寒いとは。元来の何とかなるさ主義の私でさえ、これはやばいんでは、と思うような寒さというものを体験しました。風雨は到底役目を果たさない合羽を容赦なく打ち付け、しみ込んで、乾かすこともできず冷たい布団の中に潜り込むしかなかったのです。もう、一緒に寝なくなって何年にもなる息子と、これでホントに隣で寝るのも最後なんだろうなーとか思いながら、あっためあって何とか眠ることができました。息子も二人で行くのも嫌だったろうに、寒い思いさせて、でも最後まで付き合ってくれて、ありがとね。ツアーのほかのおじさんとかに、手袋とか借りたりして、ホントいろんな人に助けられました。これから富士山に行くみなさん、どうか準備だけはきちんとしてください。後、反抗期のお子さんお持ちならば、お勧めですよ。少しは関係が修復できると思います。同じ過酷な体験したことが、後々頭の片隅にでも残って笑い話にでもなればいいですよね。次回私は必ずリベンジします!息子は「いってらっしゃい」と言っていましたが・・・
■6 広島から六年連続の富士登山・・・・71歳の挑戦
7月27日から7月29日まで、富士登山をしてきました。今年11月には満71歳を迎える。人間70歳を超えると体力は低下が始まり、皆に迷惑を掛けるのではないかと心配が先走る。ここ広島にいると四季を通じて富士山を見ることは無いが、7月 8月 9月の何れかは一般の人が登れる。しかし天候に左右される場合が多い。私は63歳まで働き定年退職後一度は富士山に登ってみたいと言う気持ちが膨らみ、中国地方の山々のツアーに参加し、山を知り 山登りの基本を学び66歳で初めて富士山に挑戦した。登る体力 苦労を思い知らされ、それからは体力増強の為計画的に体力をつけ、何とか山登りしてもへこたれない形になりました。早朝五時には、愛犬と散歩し犬を抱き、マンションの12階まで階段を、毎日登りそして家の中で屈伸運動を150回毎日実施し、これも体に付き毎日やらなければ気分がすっきりしないような気持ちに変化しました。そして毎月宮島にある山弥山525mに登りそして月一回旅行会社のツァーに参加しこの8年体力をつけました。同じような訓練をして来ても70歳を過ぎるとまず最初に今回の富士登山に不安がつのりました。果たして今年の富士登山はどうなるのか期待と不安が心の中で入り混じっていました。
過去五回登った経験の中で、毎回の登山を反省しまとめてみると、問題点が三点あることが理解できました。今回はこの三点を忠実に実行することに気をつけました。
一点目は、ガイドさんが先頭になり隊列を作って登るが、その隊列の中で休めの号令が無いのに休んでしまう人が必ずツアーの中にはいる。あとがつかえてしまい呼吸を乱してしまう。そのような人を早く発見し対処する事は自分のペースを崩さない最大の要因となる。今回もいましたが私は休まず追い越し休憩指示のある所まで進みました。
二点目は 呼吸法である。これは富士山に来てガイドさんに言われるのではなく日頃の訓練の中で怠り無く続ける事が如何に大切であるか、認識し参加することが大切であることを認識することです
三点目は 天候の変化・・・進むか戻るか早い勇気と決断をガイドさんは持ってもらいたい。中途半端な指示は反感がでて来る。今回の登山の中で最高の天気を富士山は我々にくれた。五合目に着いた時空は青空、富士山の頂上まで雲ひとつない。登山開始し七合目の山小屋鎌岩館に泊まる。夜空の星 月は素晴らしくなんとも言えない、夜空であった。翌朝のご来光の素晴らしさも、五回登った中今回の六回目のご来光は今年最高のご来光との事。鎌岩館の番頭さんの音頭で万歳三唱 これも初めてであった。頂上まで天気は最高、残すはお鉢めぐりの天候はと九合目付近で周りを見渡すと、雨雲がわき始めていた。咄嗟にAMラジオを付け雷音がNHKの放送の中に混じっていた。頂上に午前11時41分到着 でも添乗員が点呼するも二三人がいない。とりあえずいる人だけで記念撮影をし食事場所山口屋に向った。食事が終わりお鉢めぐりに参加者だけで出かけた。浅間神社 郵便局に着く前に雨が降り出し雲は天井を覆った。雷音はラジオの内容が判らないほどまでになっていた。ポストに友人宛ての暑中見舞いを出し、ガイドさんにこの後の行動をどうするか判断を求めた。私はツァーの人たちが決める問題ではない。ガイドさんの判断に任せているんだと言って雷の雑音のするラジオを聞かせて。するとガイドさんは即下山することを決めた。しかしツァーの二人が反論めいた事を言い出した。しかし私はガイドさんが決定したことに反論は出来ないと話し納得し下山した。その時万が一雷が落ちた場合どのような体系を取るかガイドさんに実演してもらい隊列を作って山口屋にたどり着いた。途中隊列が崩れた時ガイドさんが大声で注意を促がした。それにも反論がある。
こうして下山道を急ぎ足で降りた。このツァーの中に七歳の少年がいた。しかしこの少年は自分の足で山頂まで登ったそして今晩宿泊する山小屋大使館まで元気で歩いてくれた。見事なことと私は心の中で拍手を送った
翌朝朝一時ごろトイレに行くと、月明かりと星がひらめいていた。安心して睡眠したが今度はものすごい突風が吹き出し雨が降り出発時間も遅らし、私は途中六合目から五合目に咲くお花を撮影し下山しました。この三日間で約500枚程度の写真を撮影しました。家に帰り液晶テレビに繋ぎ出来具合を見ましたが満足しました。また知り合った人への写真も送り富士登山が終りました。午前四時半ごろ下山開始七時半ごろ五合目に到着し全員で登頂万歳をし九時に迎えに来るバスに乗り込み、お風呂に向かい 昼頃お風呂を出発し東名高速を通り羽田飛行場へ三時ごろ羽田へ到着し五時の飛行機で無事広島に戻りました。
広島も六十五回目の平和記念式典が八月六日が迫ってきました。世界の平和と戦没者への祈りの為に早朝に出掛けようと思っています。富士山が早い時期に世界遺産になることを祈念致します。
1.飛行機の中から写した富士山 2.五合目から見た富士山 3.ご来光 4.お鉢めぐりの途中で撮った富士山の頂上 5元気で登った七歳の少年と指導したくれたガイドさん.。ご苦労さん
■7 8/10~11 ツアー参加 河口湖口
初めての富士登山です。
五合目を昼食後に出発し、本八合目で仮眠、登頂&ご来光を目指すプランでした。
スタート?霧&雨で大変でしたが、本八合目では晴れてきて、ツアーに参加した全員が登頂&ご来光を目指しました。
でも、私は相当疲れていたし、ツアーには一人で参加していたので、疲労&寝不足での暗闇登山に不安を感じ、「登頂&ご来光」を同時に果たすことはあきらめ、夕飯の時点で早々とリタイア宣言してしまいました。
1:30くらい、他のメンバーが頂上目指して小屋を出るころに、少し頭痛がしたので、しばらく横になったりコーヒーを飲んだりして、ゆっくり過ごしました。
そしているうちに体調は回復し、ご来光を迎えることができました。
本八合目は人も少なく、ご来光を心静かに、全身に浴びることができたので、とても幸せでした。
登頂&ご来光を果たしたメンバーが戻るのを待って下山したのですが、やっぱり登頂への憧れは残ります。本八合目でご来光を拝み、その後頂上を目指すことができたらよかったのですが、ツアーだから仕方ありません。
初心者にとって、疲労&寝不足での暗闇登山は怖いです。人ごみでのご来光も魅力を感じません。
ですが、私のように地方から(中国地方)の登山者は、交通手段や宿泊等の心配もあるので、添乗員&ガイド付き、しかも格安なバスツアーはとても心強いのです。
来年へ向けて、何か良い方法はないものか・・・と考えています。
■8 10歳の息子と感動の富士登山 2010年8月18日?19日 44歳女 10歳男
私は過去2回、吉田口から富士登山に成功したことがありました。まだ子供がいない若いころです。この感動を子供ができたら、是非一緒に味わいたい、と思い続けていましたが、私が難病になってしまい、その思いは、あきらめていました。
でも歌手だった川村かおりさんが、乳がんでも富士登山をしたのを知り、私でもやればできるかな?と思うようになりました。
そして今年、体の調子も良いのと、息子も10歳になり、自分の荷物は自分でしっかり持てる年齢になったので、チャンスと思い、
チャレンジしました。10歳以下ですと、子供の荷物を親が持つようでは・・・感動や達成感もいまいち。
10歳でたくましくなった息子となら大丈夫と思い、富士登山計画をしました。
新しいトレッキングシューズを買い、まず靴慣らしに、乗鞍岳を登ってきました。
3000mの空気感と靴慣らしには、調度よかったです。
私は、病気で足の筋肉と骨が人より弱いため、足慣らしの登山は、行程の短い山にしました。これがほんとに役に立ちました。靴が当たって痛くなる場所や呼吸法、歩くペースも練習できました。息子も靴に慣れ、3000mの空気感を感じることができたみたいです。
さあいよいよ登山する日です。私は、マイペースで登れる個人登山派です。そして、コースは、下山時に足の負担が少ない、須走り口からの登山に決めました。このコースは、うわさ通りに人も少なく、静かでマイペースで登って行けます。
下りも、お楽しみの砂走りがあり、変化に飛び、富士山の自然を感じることができるコースでした。
私と息子にとって、このコースを選んだのは、富士登山成功への秘訣でした。二人とも高山病にもならず、バテルことなく、楽しく感動の登山になったのも、このコースは、他のコースより標高が低いところから始まり、徐々にゆっくり標高が高くなり、体を慣らすことができるからです。そして、始めから、マイペースでゆっくりと登り、呼吸法も深呼吸しながら登ります。高山病になってからでは、大変です。
駐車場に13時に着き、のんびり準備をします。お店で杖を買い、14時10分スタートしました。そしてルールは、マイペースと呼吸法です。
樹林帯の中をゆっくり登っていきます。鳩もいて子供もびっくりしました。観光客も途中まで登るみたいで、「いってらっしゃい、がんばって」
と声を掛けられました。後ろから外人さんの団体が登ってきます。歩幅も大きく、早いペースです。挨拶をして、こちらはゆっくり歩きます。
樹林帯をもうすぐ抜ける頃、土砂降りの雨・・・。山の天気は変わりやすいです。木の下で雨宿りをして、合羽を着ました。
息子に「こんな経験もいい思い出になるよ」と励ましました。すごい雨で、登山道に川が出来てました。
新六合目に着くころは、雨も小降りになりました。雨のおかげで2時間かかりまし
た。これが意外と良かったのかもしれません。
本六合目に着くころは、大きな入道雲ができていました。7合目近くで今度は、雷が聞こえます。危ないので、小屋で避難させてもらいました。
雷待機30分。これも高度に慣れるのに良かったのかもしれません。今日の宿は、本7合目の見晴館さんです。20時07分到着です。
予約してませんでしたが、なんとか泊る事ができました。布団は二人で一枚。これぐらいなら余裕です。
息子はグウグウ?私は目を閉じるくらいでした。途中夜なかにトイレに行き、二人で星空を見上げて、感動しました。去年4年生で、星の勉強をした息子は、嬉しそうに見て、いろいろ教えてくれました。
翌日は3時起床、4時出発しました。満点の星空と少し赤くなっている東の空を見て歩きました。前も後ろも誰もいません。きれいな景色を二人で独占です。4時40分八合目で御来光待ちして、見事な御来光を見ました。雲海の中から少しずつ出てくる太陽は、感動でした。
ここで、おにぎりを食べ、5時30分出発しました。再びのんびりのんびりマイペース&深呼吸です。
本八合目から上は、本格的な急登続きです。焦らずマイペース。ジグザグの曲がり角ごとに息子に水と酸素の補給です。高山病になる前にも水と酸素の予防です。頂上までそんなことをしながら、9時05分。とうとう山頂に到着です。私も子供も元気です。涙がじんわり出て、子供の頭を撫でて褒めてあげました。子供は、見事な雲海に、「わあ!飛行機に乗ってるみたい」と喜んでいました。
そして、上を飛ぶ飛行機を見て、「JALだ。ANAだ。」と言っていました。
まだ元気なふたり、こうなったら目指すは、剣が峰です。お鉢巡りの途中、少しお腹が空いて、頭が重くなってきたらしく、剣が峰の前に
カップラーメンを買って食べました。それが良かったのか、すっきりしてまた元気になりました。お鉢巡りもゆっくりペースで深い呼吸をします。頂上に着いたからと、安心しないで呼吸法を守ります。なんせここが、一番空気が薄いのですから。
郵便局ではがきを書いて出したら、いよいよ剣が峰への急登です。慌てずゆっくり登ります。
11時45分、ついに日本一の高さの所に着きました。子供とハイタッチです。全部で13時間かかりました。(休憩含む)人の倍以上かかりましたが、二人とも高山病にもならず、足も元気で、何よりも楽しく、感動の登山ができたことがよかったです。
二人とも忘れられない良い思い出になり、これからの人生の励みにもなりました。
名残惜しいけど、下山しなければなりません。剣が峰の急坂を慎重に横歩きで下ります。子供は怖いもの知らずで、さっさと下りていきます。
最後に富士山の火口をよく眺めながら、用意していた、スパッツとマスクをつけま
す。
13時55分下山開始です。ややガニ股でかかとを意識してリズムよく下りていきます。
楽しみだった砂走りも始めの500mくらいはおもしろいのだが・・・。長?くて疲れました。子供は元気元気!これが一番おもしろい?と得意のスキーを滑るように下りていきます。あっという間に離され、今度は逆に「お母さん、頑張って」と言われます。
砂走りが終わり、最後の樹林帯が終わりに近づく合図です。根っこが出ているところが多いので気をつけながら、下りていきます。
17時20分、とうとう須走口五合目に到着です。下山は、3時間25分でした。膝も痛くありません。砂のクッションのおかげかな?
息子もよく頑張ってくれました。あの飽きっぽい息子が・・・。忍耐力付いたかな?
そして、私の足や体も元気に無事に帰ってくることができました。このコースにしてよかったです。
今回の反省点は、雨の事を考えて、ザックカバーや合羽は良いものを用意したほうがいいことです。
合羽を着ていても、中が濡れてしまいました。(着替えはありましたが。)子供は全部高い良いものなので、大丈夫でした。
ザックもカバーも合羽も20年前からのものなので、富士山で最後となりました。
良い点は、荷物は最小限にして、足りなかったら、お金を出してでも、買うことにします。あまりに重いとバテテしまいます。
必需品は、ペットボトル500ml 2本、酸素1人1つ、ヘッドライト、着替え、ザックカバー、合羽、行動食、柿ピー、おにぎり4つ、パン1つ。柿ピーは小袋のもので、意外とショッパイものがほしくなり、子供も喜んでました。
個人差もあるので、参考までです。
■9 団体富士登山の体験記
登山日:2010/8/22(日)
登山口:須走口新5合目 2:30スタート
下山:御殿場口新5合目 16:30到着
参加者:8名(男性6名、女性2名)
年齢構成は20代後半1名、30代前半4名、30代後半2名、40代前半1名
昨年9月、仕事の会議後の席で富士登山が話題となり、その場で「2010年8月21日(土)」という日取りが決定。経験のある「私」が段取りを組むことになりました。
私:現在33歳男性
富士登山は2007年に2回、2008年に1回の計3回。
1回目は男女4人、2回目は一人、3回目は還暦を迎えた父と二人
(いずれも富士宮口から)
当初は十数名が参加希望。登山経験は小・中学校の遠足のみ、
というメンバーが大半だったため、必要な道具の案内や足ならし登山を企画しま
した。
私自身も富士山以外の山はほとんど経験がなく、また団体登山の幹事自体初めて
のため、「楽しみながらも安全に下山できる」ことを最優先とし、個人や少人数で登る以上に意思疎通と事前準備を念入りに行ない、情報収集に努めました。
長文になりますが年間の活動から。
2009年9月 通称「富士山部」が作られる。それ以降、参加希望者の「本気度合い」を探りつつ、登山プランを立てる。
2010年3月 本番まで半年の段階で最終参加者を募り、10名となる。【この段階でのプラン】
・須走口をスタート
・ご来光は頂上で
・8/21(土)午後9時出発、8時間程度で富士山頂
・下山も須走ルート
・新5合目までは自家用車で
2010年5月22日 神奈川県の大山で第1回プレ富士登山実施
参加者4名(幹事の私は当日スタート直前にアクシデントで帰宅することに・・・)
この参加者が他のメンバーにも事前準備の必要性を説いてくれるとともに、波及効果で全員のヤル気が増す。
2010年7月24日 第2回プレ富士登山を宝永山で実施する予定だったが、当日朝
に東名高速で事故渋滞・・・スタートが大幅に遅れ、プラン変更。
御殿場口5合目?双子山?幕岩?御殿場口5合目までのハイキングとする。
参加者も8名から7名(1名は引き返してもらった・・・)となる。
御殿場ルートが砂地だったこともあるが、参加者が想像以上に苦戦、
本番のプランも見直すこととする。
2010年8月 新プランでは8/21(土)の日中に宿で仮眠を取り、須走口を翌8/22(日)の午前2時頃出発、ご来光を富士山中腹で観ることとし、身体的・精神的負担を減らすこととする。また、須走口駐車場の混雑を避けるため送迎してくれる宿を物色、往路のみ送るのであれば、という旅館が見つかり、復路は自前で手配することとし、宿泊とマイクロバスをお願いする。
【新登山プラン】
・須走口をスタート
・ご来光は中腹で
・8/22(日)2時頃出発、本6合目と新7合目の間でご来光、山頂には午前10頃着。
下山開始は12時。
・下山ルートは御殿場ルートとし、前日に御殿場口新5合目に自家用車を停めておき、下山後の足とする。
2010年8月7日 有志3名で日光白根山へ
自信を深めるとともに腹が据わった様子。
2010年8月21日 静岡県小山町の旅館に午後3時集合、午後7時には就寝する。
最終的な参加者は8名となる。
自家用車4台で来たため、うち2台を御殿場口駐車場に止め、下山後の足とする。
2010年8月22日 午前0時起床、腹ごしらえ・身支度を整え、午前1時旅館が準備
してくれたマイクロバスで須走口まで送ってもらう。駐車場の数キロ先から路上駐
車が増え始め、駐車場は車で一杯。新プランでよかった!
同日2時 須走口5合目出発。ガスがかかっていたが、それを抜けると
満天の星空!
参加者一同感動と興奮で気分も足取りも軽くなる。
同日9時40分 途中ご来光を拝みながらも予定より早く山頂に到着。
山頂で朝食と休憩後、剣ヶ峰目指し出発。
同日11時10分 お鉢を半周し、剣ヶ峰へ。お約束の写真撮影のため列に並ぶ。
同日12時30分 浅間神社本宮参拝、お土産購入、郵便局から手紙発送等々を済
ませ、御殿場ルートで下山開始。
同日16時30分 各自至る所を痛めながらも御殿場口5合目に無事下山。
大砂走りは膝を痛めた人にも負担は少なかった様子。
御殿場口5合目駐車場に前日から駐車していた2台に分乗し、一旦旅館へ。
預けていた荷物を受け取り、帰路へ着く。
参加者一同いい思い出になったようですし、二度と登りたくないという人もいな
いようですので
大成功だったと自画自賛しています。
成功の要因は天候に恵まれた運もありましたが、事前準備を念入りに行なった結
果だと考えます。
体力を心配する参加者もいましたが、成人の体力であればまず登頂は出来るかと
(快不快は別にして)。体力以上に「調子だけはいい」「他力本願」といったメンタル面を懸念していたので、登る本人の「腹を括らせる」ための意識付けと不安を解消するプランニングを重視しました。
また、安全面では下山開始はできるだけ早く、を心がけました。
前後のスケジュールの兼ね合いから正午には下山する計画を立てました(結局30
分ほど遅くなりましたが)。
団体だからこそ、明るいうちに下山することを基準にスケジューリングすると安
心できます。
とはいえ、今回の成功は今回限り。
人数が増えると不安材料も当然増えるため、団体登山はできれば避けたほうが無
難です。やらざるを得ない場合に、この体験記が参考になれば幸いです。
最後に、無事終わったものの、幹事として来年もやるかと言われれば・・・今度は一人で気兼ねなく登りたい!
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